あらねばならぬ

ムスメが妊娠して子供を産む前に、

「出産しても、ちゃんと愛せるかどうかが不安」だという話をしていた。

10月出産のスタッフもムスメと話していて、この間同じことを言っていたらしい。


ムスメはそのスタッフに、私も出産前にそう思っていて、

その時に、店長(ワタシ)にこんなふうに言われたという話をしたとのこと。


ちゃんと、気持ちよく生かしてあげられることができればいいんじゃないの。

愛はその後のことでしょ。


愛さなければならない、

母であらねばならない

母性はあるものだという

こうあらねばならないという枠を取り払って、

目の前に小さな命があって、それを、

生かすことだけに一生懸命になればいいのではないかと思う。と。



こうあらねばならない、というものはない。

と私は思っている。

こうあらなばならないと思ったら、

どうしてそうあらねばならないの?と

問いかけてみる。


習慣だから、

普通はそうだから、

そうしないといけないから。



習慣って、その習慣は必要なもの?

守らなければならない習慣はあるけれど、

それは、なぜ守らなければならないのかを考える。

普通って、誰の普通?

普通といわれることは、時代によっても、住む地域によっても、

年齢によっても違うから。

そうしないといけない、ってなぜ?


自分はどうしたいのかを考える。

そして、どうすればそれが実現するかを考えて実行することを心掛けている。

自分に正直に生きたい。





もし、もし、子供を愛せなくても、

それはしょうがないことだろう。

そういうこともあると思うから。

それを愛していると錯覚して思い込むのではなく、

愛せないことの罪悪感にさいなまれるのではなく、

きちんと直視して、

そして、その子にどんな人間になってほしいかを考えて、

そうなるように、最善を尽くして育てるのがベストだろうと思う。

ただ、相手は生き物で、日々成長していくので、

その時々の軌道修正は忘れずに。


あらねばならぬという鎖に縛られて、

現実を直視しないほうが問題なのではない?


もっと、柔軟に思考しようよ。





富良野/花七曜

2002年、大阪から北海道上富良野へ移住してきました。 カフェレストラン・ドライフラワーと雑貨のお店・ドッグラン営業中。 田舎暮らしと果てしない庭つくり楽しんでいます。

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